周りから何を言われようと恋人を愛し続けた男

セックスが上手ければ多少性格が悪くても別れられない?

戦後40年の今になって表面化したこの封建遺制の、子どもを人質にして夫姓を名乗ることを要求する法律婚に疑問を抱いて抵抗し、生涯夫婦別姓を貫いた第一号は『青鞘』の平塚らいてうである。まことに超時代的な新しい女であった。しかもその『青鞘』創刊号を飾った与謝野晶子の激励の詩「山の動く日来たる」をスローガンとし、マドンナ作戦で今夏(1989年)の参院選に圧勝したのは社会党の土井たか子委員長。

女性蔑視の自民党に期待できない以上、この女性の自主独立の意識のシンボルである「夫婦別姓を認めよ」という民法の改正には片肌を、いやもろ肌をぬいでいただきたい。さて、『青鞘』に馳せ参じた新しい女たちの中でも、伊藤野枝と神近市子、その相手の保子アナキストさかえという妻を持つ急進的な無政府主義者の大杉栄との多角関係は、衆知の一件である。大正4年の秋、大杉は妻保子があるのに神近市子と恋愛関係に入り、さらに当時の評論家・辻潤の妻女の伊藤野枝とも恋愛し、野枝は家出して大杉のもとへ走った。

新聞記者であった神近は、定収入のない二人を経済的に援助したりして、この三角関係ははじめ何とかバランスを保つかに見えたが、あとの烏に大杉を独占された神近の自尊心と妬心は爆発した。大正5年11月、葉山ひかげの日蔭茶屋で、「長い間理論を弄び、私の感情を踏みつけにしたことに対する憤怒」によって、神近が大杉の左頸部を短刀で刺すという事件が起こった。神近は悪びれず捕えられ、2年間服役して大正8年10月に出獄した。あまかすらち一方、大杉とその甥の橘宗一と野枝の三人は、大正12年9月に甘粕憲兵大尉に拉致されて虐殺され、一件落着となった。


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